テスト

 


得藏寺では、一般の方(在家といいます)であっても仏教を学び僧侶になれる「得度(在家出家)希望者」への道をご用意しております。

浄土真宗では僧侶になることを「得度(とくど)する」と言います。(一般では出家という言葉の方が馴染みがあるかと思います。)

お寺の生まれ(「寺族」とも言います)ではない一般の方(在家といいます)の場合、僧侶になる得度の機会を得ることはなかなか無いかもしれません。

また俗世間を捨て、剃髪をすることが僧侶になるには必要かと思われているかもしれませんが、得藏寺では現在の仕事や生活はそのままに剃髪せずどなたでも僧侶になる事ができるとお伝えしています。

多くの方が「修行=苦行」と捉えておりますが、僧侶になって人生を変えるのに修行はいりません。

すでに日々の暮らしを生きていること自体が修行であると当寺では考えています。

仏教とは「人々が幸せに生きるための教え」であり、また常に自身を問い、社会とのあり方をたずねることでもあります。

喜怒哀楽を感じ、様々なことに向き合ってきた人生こそが修行であり、その中であなた自身が多くの人の役に立ってきています。

得度し、僧侶としての肩書を持つことで皆さん自身、そして皆さんの周りの方々の人生の「救い」が見出せることを革新しています。

南無阿弥陀仏

 

 

得度とは

得度とは仏弟子となり、僧侶として仏教を学び、布教活動をすることです。

だからこそ一般に生きる人々が自身の仕事をし、お勤め・研鑽に励む中で学び、感じたことを僧侶として人々にお伝えすることがより人生を豊かにする一助です。

「得度」とは実際どのような意味合いなのでしょうか?

一般的な定義としては、俗世間の生活から離れて僧侶となり、仏の教えに従い修行の道に進むことと思われております。

完全に社会生活から隔絶されるわけではありませんが、一般的な暮らしとはかなり異なるものと思われるでしょう。

得度し、僧侶となることは職業としての選択ではなく、人生の逃げ道でもありません。

あくまでもご自身の意思によるものであるということを十分ご理解ください。

なお、当寺は得度の意思をお持ちの方をお受けしておりますが、あくまでご本人の意思によるものであり、当寺がその成就を保証するものではない点もあらかじめご理解ください。

 

 

人生の助けとして得度を志す方

少々乱暴な言い方にはなりますが、当寺では、得度するのに修行はいりません。

日々の暮らしを「生きる」こと自体が修行であると当寺では考えています。

まずは得度し、僧侶になることが人生の大きな一助となります。

「自分が人々のお役に立てることはできないか」
「もっと自分に自信や勇気をつけたい」
「自分自身の生き甲斐として肩書が欲しい」

など。年齢や職業に関わらず、どんな想いであれ人生をより豊かにしたいと志す方々に広く門出を開いていきたいと考えています。

仕事に追われる毎日においては、自身の人生がどれだけ多くの方の役に立っているかを見失いがちです。

得度し、僧侶としての生き方をあなたの人生に加えることで、今まで想い続けてきたことが形になっていきます。

皆様の人生には”僧侶としての立場”だから観える景色というのが必ずあります。

 

 

得度するまで

まずはお問い合わせ頂き、当寺からご連絡させて頂きます。

それぞれではありますが、得藏寺で得度をお受けできるかどうかを判断します。なお、場合によってはお断りすることもありますのでご了承ください。

得度をお受けしてから、日々の研鑽を積んで頂きます。

研鑽を積んで頂く期間は人によって異なりますが、当寺の許しが出ればいよいよ得度式となります。

 

 

注意点・お願い

 

  • 問い合わせの際に隠し事はしないでください。例えば持病や借金などを隠されますと、お寺や周りの修行僧に迷惑をかけることになります。
  • 得度に際しては、必ずご家族の承諾を得ていただきます。
  • 得度は職業としての進路ではありません。人生の逃げ道でもありません。ひやかし半分、いたずら半分での問い合わせはおやめください。

お問い合わせ

得度を希望される方は以下お問い合わせフォームてご連絡ください。その後、以降の対応を検討させていただきます。上記の諸注意点を参照の上、不明な点等はご質問ください。

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