2018/05/01

慈徳山得蔵寺の由来

 


得蔵寺の建立については不明であるが。

現存する資料によると、文明4年(1473)11月27日、真言宗太藏院五代目僧慈徳、阿岸本誓寺の住職の勧奨により、越前吉崎に於いて本願寺蓮如聖人の化導を受け、法名を見順と改て浄土真宗に帰依し、二十世見裕を経て現住職、見裕に至る。

当寺に安置する聖徳太子(厩戸皇子)の像は、古く石田三成の守仏なり。

三成の甥、石田佐兵衛はこれを当寺に託し、山林(城見山)に入りて自刃する。

現今、城ケ山と称する所の遺址であります。

又、当寺の本堂の天井に描ける龍の絵は、画人狩野派「泉龍嶂」晩年の筆という。

※ウィキペディア「得蔵寺(輪島市)」2018年5月1日 (火) 09:55 のmaniabassetによる投稿は、このWebページの作成者によるものです。

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