慈徳山得蔵寺の由来

得蔵寺の建立については不明であるが。

現存する資料によると、文明4年(1473)11月27日、真言宗太藏院五代目僧慈徳、阿岸本誓寺の住職の勧奨により、越前吉崎に於いて本願寺蓮如聖人の化導を受け、法名を見順と改て浄土真宗に帰依し、二十世見裕を経て現住職、見裕に至る。

当寺に安置する聖徳太子(厩戸皇子)の像は、古く石田三成の守仏なり。

三成の甥、石田佐兵衛はこれを当寺に託し、山林(城見山)に入りて自刃する。

現今、城ケ山と称する所の遺址であります。

又、当寺の本堂の天井に描ける龍の絵は、画人狩野派「泉龍嶂」晩年の筆という。

※ウィキペディア「得蔵寺(輪島市)」2018年5月1日 (火) 09:55 のmaniabassetによる投稿は、このWebページの作成者によるものです。

石田三成の「聖徳太子(厩戸皇子)木像」とは?

関ヶ原の合戦で敗れた石田三成がしっかりと抱え逃げたと言われる聖徳太子木造。 あれから400年以上も世に知られていなかった訳とは?

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