現代社会において、私たち一人一人が抱える悩みや苦しみは尽きることがありません。
仕事や人間関係、将来への不安など、自分自身の力だけでは解決が難しい問題に直面することも少なくないでしょう。そのような中、浄土真宗の根幹をなす教えである「他力本願」に、改めて目を向けてみたいと思います。
「他力本願」とは、私たち凡夫が自らの力のみでは悟りに至ることが難しいことを認識し、阿弥陀如来の無限の慈悲に救いを求める考え方です。
私たちが「南無阿弥陀仏」と称えるとき、それは単なる言葉ではなく、如来への深い感謝と帰依の表れなのです。
親鸞聖人は、自らの経験を通じて「他力本願」の真髄に触れ、この教えを多くの人々に伝えました。聖人が説かれるように、私たちは自分の力の限界を知り、如来の慈悲に身を委ねることで、初めて真の安らぎを得ることができるのです。
間違った「他力本願」の解釈
しかし、現代社会において「他力」という言葉は、時として誤解を招くことがあります。他者任せや怠惰といったネガティブなイメージと結びつけられがちなのです。
けれども、真の「他力本願」とは、そのような怠惰とは無縁のものです。
自分にできることは精一杯努力しつつ、それでも解決できない苦悩を如来の慈悲に託す。
それこそが、私たちに求められる姿勢なのです。
「他力本願」の教えは、決して仏教徒だけのものではありません。キリスト教における神への信仰や、イスラム教のアッラーへの帰依など、さまざまな宗教や思想において、人知を超えた大いなる存在に救いを求める考え方は共通して見られます。
「他力本願」は、そのような普遍的な真実を、浄土真宗の文脈で表現したものだと言えるでしょう。
現代社会は、私たちに多くの悩みや苦しみをもたらします。しかし、「他力本願」の教えに触れることで、私たちは新たな希望を見出すことができるはずです。
自らの力の限界を知りつつ、如来の慈悲に心を開く。その姿勢こそが、私たち一人一人が安らぎと生きる力を得るために必要なのではないでしょうか。
どうか、皆さまも「他力本願」の意義を改めて感じていただき、如来の慈悲に心を開いてみてはいかがでしょうか。きっと、新たな人生の扉が開かれることでしょう。




















僧侶、著述家、仏陀倶楽部(BuddhaClub)代表
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す
現在は誰でもすぐ「得度」をできる活動を推進中。
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