「一期一会」とは?本来の意味と現代で心を豊かにする実践法

「一期一会」とは?教えと現代的な意義

日本の伝統的な言葉である「一期一会(いちごいちえ)」。座右の銘としても人気がありますが、その深い意味や、忙しい現代社会での活かし方については意外と知られていません。

この記事では、「一期一会」の本来の意味から、仏教的な視点を取り入れた日常での実践方法まで、浄土真宗 慈徳山 得藏寺 代表 愛葉の経験を交えて解説します。

「一期一会」の意味とは何ですか?

「一期一会」とは、あなたが出会っているその時間は「一生に一度きりの機会」であり、二度と同じ瞬間は巡ってこないという意味です。

「また会えるだろう」「次はこうしよう」という未来への期待や甘えを捨て、目の前の人や出来事に誠心誠意向き合うことの大切さを説いています。単に「出会いを大切にする」という美談にとどまらず、「今この瞬間」を逃せば二度と取り返しがつかないという、厳しくも温かい「覚悟」を促す言葉でもあります。

この考え方は、仏教の「諸行無常(しょぎょうむじょう)」の教えにも通じています。すべてのものは常に変化し続け、とどまることはありません。「明日がある」という保証はどこにもないからこそ、今日の出会いが尊いのです。

親鸞聖人のお言葉「明日ありと 思う心の あだ桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」

「一期一会」の語源や由来はどのようなものですか?

もともとは茶道の心得として生まれた言葉で、幕末の大老であり茶人でもあった井伊直弼が著書『茶湯一会集』で広めたとされています。

茶道では、たとえ同じ主客(亭主と客)が顔を合わせるとしても、今日の茶会は二度と繰り返されることのない一度きりのものであると考えます。その日の天候、道具の取り合わせ、互いの年齢や心情、すべてがその時だけのものです。

この「一回性」を深く認識し、主客ともに互いの心を思いやり、最高のおもてなしと感謝でその場を作り上げようとする精神が「一期一会」の語源となっています。

現代の日常生活で「一期一会」をどう実践すればいいですか?

「幸せは未来にあるのではなく、今この瞬間に感じるものだ」と捉え直し、目の前の日常を味わうことから始めてみてください。

私たちはつい、「将来のために今は我慢する」「目標を達成したら幸せになれる」と考えがちです。しかし、未来に幸せを設定しすぎると、肝心の「今」がおろそかになり、目の前の縁(えん)や喜びを見逃してしまいます。

雨の音を静かだと感じる瞬間、家族と食卓を囲む温かさ、そうした何気ない日常も、実は二度と同じ形では訪れない「一期一会」の連続です。「今ここで起きていること」に意識を向け、その感覚を大切にすることが、現代における実践の第一歩です。

残された時間を意識すると「今日」が変わる

私がこの原稿を書いている時点で、私に残された時間はおよそ7448日です。(中略) 7448日と聞いて、たっぷりあると感じるでしょうか。それとも、それしかないと感じるでしょうか。私たちは「いつもの日常は明日も続く」と考えがちです。頭では誰にでも終わりが来ると知りながら、心はなるべくそこから目をそらそうとします。 (中略)たった一行の数字ですが、今日という一日を少し違って見せてくれます。

浄土真宗 慈徳山 得藏寺 二十三世 愛葉宣明著「人生を変えるのに修行はいらない」より

このように、時間は無限ではなく「有限」であると自覚したとき、なんとなく過ごしていた「今日」や、目の前の人との会話が、かけがえのない「一期一会」であると実感できるはずです。

四苦八苦の意味とは?

ビジネスや人間関係で信頼を築くコツはありますか?

「次がある」という甘えを捨て、その一回のやり取りに誠意を尽くして相手の話を聞くことです。

ビジネスの現場や初対面の場面では、効率を優先するあまり、相手を一人の人間としてではなく「案件」や「タスク」として見てしまうことがあるかもしれません。しかし、「この人との時間は今しかないかもしれない」という緊張感と敬意を持って接すれば、相手にもその真剣さが伝わります。

阿弥陀如来(あみだにょらい)が私たち一人ひとりを「かけがえのない存在」として救い取ろうとされるように、目の前の相手を尊重し、耳を傾ける。そうした積み重ねが、深い信頼関係や良質なビジネスチャンスを生み出します。

まとめ

「一期一会」とは、単なる出会いの挨拶ではなく、「今」という二度とない時間を全力で生きるための知恵です。

現代社会は変化が激しく、ストレスも多いですが、「この瞬間は二度とない」と知ることで、当たり前の日常に感謝の心が芽生えます。ぜひ今日から、目の前の人や出来事に「一期一会」の心で向き合ってみてください。

得藏寺が運営する「仏陀倶楽部」では、 日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、仏陀倶楽部(BuddhaClub)代表

愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す
現在は誰でもすぐ「得度」をできる活動を推進中。

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